深夜のベビーシッター

大学時代、生活費が厳しくて、単発のベビーシッターをしていた。

専用アプリで依頼が来るタイプで、時給もかなり良かった。

その日依頼してきたのは、30代くらいの夫婦だった。

場所は少し高級なマンション。

依頼内容は簡単。

「夜の数時間、子供を見ていてほしい」

夫婦は急な用事で外出しなければいけないらしかった。

部屋へ入ると、かなり広かった。

だが妙に静かだった。

子供は五歳くらいの男の子。

ほとんど喋らない。

ずっとリビングの隅で絵を描いていた。

夫婦は出かける前、少し変なことを言った。

「二階には行かないでください」

この時点で少し嫌な感じはした。

だが、別に珍しい話でもない。

寝室や仕事部屋へ入られたくない親は多い。

夫婦は深夜までには戻ると言い残し、出て行った。

それから数時間。

特に問題はなかった。

男の子も静かだった。

だが夜十一時頃。

突然、二階から音がした。

「ドン」

何か落ちたみたいな音。

男の子が顔を上げる。

そして小さい声で言った。

「お母さん起きたかも」

意味が分からなかった。

「え?」

聞き返したが、男の子は黙ったまま。

少し気味が悪かったが、放置することにした。

だが数分後。

また音がした。

今度は足音。

「ミシ……ミシ……」

明らかに誰か歩いている。

さすがに怖くなった。

泥棒かもしれない。

恐る恐る階段を見る。

暗い。

誰もいない。

すると後ろから男の子が言った。

「行かない方がいいよ」

振り返る。

男の子は絵を描き続けていた。

気味が悪かった。

それから深夜一時頃。

夫婦が帰ってきた。

安心した。

だが帰宅した瞬間、夫婦の顔色が変わった。

夫が急いで聞いてくる。

「二階行きました?」

「い、いえ」

すると二人とも明らかに安心した顔をした。

帰る直前。

ふと、男の子が描いていた絵が目に入った。

家の絵だった。

一階。

リビング。

自分。

そして二階の窓。

そこに、女が描かれていた。

首にロープを巻いた女が。

帰宅後、どうしても気になって、その家の住所を検索した。

すると数年前、そのマンションで自殺があった記事が出てきた。

死亡したのは、その家の母親。

記事を読んだ瞬間、違和感に気づいた。

今日会った母親。

あの人だった。