毎日、同じ場所にいる女
都内の会社へ転職してから、毎朝同じ時間の電車へ乗るようになった。
7時14分発。
車両はいつも三両目。
最初は気づかなかった。
でもある日、毎朝必ず同じ場所へ立っている女がいることに気づいた。
ドア横。
黒いコート。
白いマスク。
スマホを見ている。
ただそれだけ。
最初は通勤時間が同じだけだと思っていた。
でも違和感があった。
どれだけ混雑していても、その女だけ必ず同じ位置にいる。
しかも、降りる駅も同じだった。
少し気味悪いと思ったが、特に実害はない。
だから気にしないようにしていた。
ある日、寝坊した。
一本遅い電車へ飛び乗る。
息を切らしながら車両へ入った瞬間、心臓が止まりそうになった。
その女がいた。
同じ位置。
同じ黒コート。
しかも、こっちを見ていた。
初めて目が合った。
その瞬間、女が少し笑った気がした。
気味が悪くなった。
それから通勤時間を変えた。
車両も変えた。
だが、いる。
別のホーム。
別の改札。
会社近くのコンビニ。
偶然とは思えなかった。
ある夜、会社帰りに後輩と飲んだ。
終電近く。
駅ホームで後輩が急に言った。
「先輩、あの人さっきからずっと見てません?」
振り返る。
柱の陰。
黒コートの女。
こっちを見ている。
酔いが一気に冷めた。
その日から、本気で怖くなった。
帰宅ルートを変える。
スーパーを変える。
駅も変える。
だが、見つかる。
ある日、自宅マンション近くのコンビニへ入った時だった。
雑誌コーナーで立ち読みしていると、スマホへ通知が来た。
知らない番号からメッセージ。
『今日は帰るの遅いですね』
全身の血が冷えた。
番号は知らない。
なのに、今の自分を見ている。
急いで店内を見回す。
客は二人だけ。
サラリーマンと、高校生。
黒コートの女はいない。
その瞬間、また通知。
『後ろです』
反射的に振り返った。
コンビニのガラス越し。
外の暗闇の中に、女が立っていた。
マスクを外して笑っていた。
警察へ相談した。
だが実害がないため、まともに取り合ってもらえない。
数日後。
会社から帰宅すると、ポストへ封筒が入っていた。
中には写真。
自分の部屋だった。
しかも窓の外から撮影されている。
二階なのに。
裏を見る。
手書きでこう書かれていた。
『やっと目が合いましたね』
怖くなって引っ越した。
SNSも全部消した。
会社も辞めた。
それから半年。
今の家には何も起きていない。
でも最近、最寄駅で時々見かける。
黒いコートの女。
ただ最近は、少し違う。
前は向こうから見ていた。
今は、少しずつ距離が近づいている。