毎晩、違う階に止まるエレベーター

社会人になって二年目、会社の近くへ引っ越した。

築二十五年の古いマンションだったが、駅から近く、家賃も安かった。

ただ、最初に内見へ来た時から妙な違和感はあった。

エレベーターだ。

そのマンションは十階建てなのに、エレベーターのボタンが十一階まで存在していた。

不動産屋へ聞くと、

「昔の名残りですね」

とだけ言われた。

押しても反応しないから気にしなくていい、と。

その時は深く考えなかった。

実際、住み始めてからしばらくは何もなかった。

異変が起きたのは、引っ越して一ヶ月ほど経った頃だった。

残業続きで帰宅時間は毎日遅かった。

その日も深夜一時を過ぎていた。

コンビニ袋を片手にエレベーターへ乗り込み、自分の住む七階を押す。

扉が閉まり、ゆっくり上昇し始めた。

その時だった。

突然、誰も押していないはずの八階にランプが点灯した。

「……誰か呼んだのか?」

そう思った。

だが八階へ到着しても、扉の向こうには誰もいない。

真っ暗な廊下が広がっているだけだった。

少し気味が悪かったが、そのまま七階へ戻った。

翌日。

また同じことが起きた。

今度は五階。

やはり誰もいない。

その次の日は九階。

それから毎晩、必ずどこかの階で止まるようになった。

だが奇妙なことに、一度も同じ階では止まらない。

しかも毎回、扉が開く瞬間、妙に冷たい風が入ってくる。

管理会社へ相談した。

しかし返ってきたのは、

「故障報告は出ていませんね」

という事務的な返事だけだった。

ある日、同じ階に住む中年男性とエレベーターで一緒になった。

その時、また誰も押していない階で止まった。

四階だった。

扉が開く。

真っ暗な廊下。

誰もいない。

その瞬間、男性が小声で言った。

「またか……」

思わず聞き返した。

「またって?」

男性は少し迷ったあと、こう言った。

「このマンション、前からあるんだよ」

「何がですか?」

「夜中のエレベーター」

その男性によると、昔このマンションで飛び降り自殺があったらしい。

しかも一件ではない。

何人も。

そして、亡くなった人間の階で夜中に止まるという噂がある、と。

正直、作り話だと思った。

でも、それから妙に気になるようになった。

ある夜。

またエレベーターが停止した。

二階。

扉が開く。

その時だった。

廊下の奥に、誰か立っていた。

白い服。

長い髪。

こちらを見ている。

心臓が止まりそうになった。

閉ボタンを連打する。

だが扉が閉まらない。

女がゆっくり歩いてくる。

その瞬間、エレベーター内の照明が一度消えた。

真っ暗。

次に明かりが戻った時、扉は閉まっていた。

女もいない。

だがエレベーターは動かなかった。

ふと、ボタンを見る。

全部の階が点灯していた。

一階から十階まで。

そして押せないはずの「11」まで。

その時、耳元で女の声が聞こえた。

「まだ上があるよ」

気づいた時には、自分は一階のロビーに座っていた。

朝だった。

それから怖くなり、階段を使うようになった。

だが一週間後。

仕事帰り、郵便受けを確認している時だった。

エレベーターが一階へ降りてきた。

誰も乗っていない。

扉が開いたまま止まっている。

中を見る。

ボタンの「11」だけが光っていた。

今でも時々思う。

あの日、もし閉ボタンが間に合わなかったら。

自分はどこへ連れて行かれていたんだろうか。